うさぎの島「大久野島」にはキャベツを持参して行こう

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竹原市の山に登ってきました

平家山滝

平家山滝

山の会の登山に参加してきました。

広島県竹原市の平家山と烏帽子形山です。
竹原市の代表的な山は黒滝山、白滝山ですが、今回はその西に位置する平家山(382m)~烏帽子形山(343m)です。

JR忠海(ただのうみ)駅から徒歩15分程で登山口に入ります。

竹原市は古い町並みが残るのどかなところです。

広島県は平家にまつわる伝承や地名が多く残っています。

平家山、烏帽子形山も名前から、何らかの歴史があると思いますが、調べてみましたが資料は見つからず、竹原市のホームページにも記載はありませんでした。ですが、登山道は整備されていて歩きやすかったです。

平家山のシダ

平家山のシダ

登山道に入るとすぐに、すがすがしい空気になり滝が現れました。小さなお地蔵様があります。
それを過ぎると周りはシダがいっぱいでした。熱帯のジャングルをような景観です。
ところどころに急な坂もありますが、岩に足をかけて滑り落ちないように登っていきます。

岩の間を通り抜けて行きますと、すぐに山頂。

平家山からの展望

平家山からの展望

途中、展望が開けているところから海を見ることができます。
春は霞で瀬戸内海の島々が浮かんでいるように見えました。

平家ゆかりの地の忠海

地名の「忠海」(ただのうみ)は、鎌倉時代に平忠盛がこの沖合で海賊を討伐した功績により陸地部分を忠海、沖合に浮かぶ島を盛村として拝領した事に由来するそうです。

平忠盛[1096〜1153]は平清盛の父で、平氏で初めて昇殿を許され、平氏繁栄の礎を築いた人物として知られています。日宋貿易により財力を得て、公家的素養もあったとされる人物です。

以後忠海は、港町として町場が形成されていきました。
瀬戸内海における海運業により多くの豪商を輩出しました。町には酒造業をはじめ・塩商・味噌醤油商や木綿、煙草などを商家が軒を連ねて栄えました。

江戸時代前期に塩や酒づくりで栄えた豪商のお屋敷や、由緒あるお寺が美しい。まるでタイムスリップしたかのような情緒あふれる町並みが残っています。

竹原市の酒づくり

竹原は、NHK連続テレビ小説「マッサン」のモデルにもなった、ニッカウヰスキーの創業者、竹鶴政孝氏のふるさとです。

いろいろな困難を乗り越え、完成度の高い国産ウイスキー製造に努力しました。
竹原の酒づくりは、塩づくりよりも前に始められ、第1回全国清酒品評会では、竹原の酒が日本一となっています。

現在でも、竹鶴酒造、藤井酒造、中尾醸造の3蔵がしのぎを削っています。

地図から消された島「大久野島」

烏帽子形山

烏帽子形山

竹原市の忠海港から船で約15分のところに「大久野島」という周囲約4kmの小島があり、人気の観光スポットです。

この小島はかつて、日本の化学兵器製造拠点として毒ガスの製造が行われ、戦争中は秘密の島として地図からも消されていました。

日本軍が毒ガスを製造していたということは、昭和59年(1984年)まで日本ではほとんど知られていませんでした。

化学戦の実態は慎重に秘匿され、旧軍関係者以外の日本人はほとんど事実を知らなかったのです。

島には今も発電場や猛毒で皮膚がただれるびらん性ガス・イペリットが貯蔵されていた毒ガス貯蔵庫の跡などが残り、当時の面影を残す戦争遺跡が残されています。

毒ガス資料館では、毒ガスを製造した過程で多くの犠牲者を出すに至ったこと、そして戦争の悲惨さを多くの人に伝え、この歴史を二度と繰り返さないよう、毒ガスに関する資料を展示されています。

うさぎの島になった「大久野島」

うさぎ

うさぎ

現在、大久野島は国立公園に指定され、約700羽もの野生のウサギが棲息することで知られています。

国内外を問わず多くの観光客が癒しを求めて訪れています。

島に渡る船には長蛇の列が出来ていました。

島内には、宿泊をはじめ、温泉、ご当地グルメなどが満喫できる休暇村大久野島やキャンプ場、毒ガス資料館、大久野島ビジターセンターといった施設があります。

サイクリングやテニス、釣り、夏には海水浴場や屋外プールもオープンします。
うさぎの餌のキャベツ、ニンジンを持っていくとたくさん寄ってくるので楽しめます。

ウサギの餌やりで癒されます

  • キャベツ1/2個ぐらいはすぐになくなってしまいます
  • ニンジンも喜んで食べます
  • ある程度の大きさに切って持っていく方がやりやすい
  • 午前中の方が餌を欲しがって集まってくる

この島になぜ、ウサギがいるのか?

もともと、忠海の小学校で飼育されていたウサギが飼えないほど増えてしまい、困った教員が殺すにはかわいそうに思って島に離したということです。

天敵がいなかったことと

地図から消された島で知られていない島だった

毒ガス工場があることで人が近づかなかったこと

などの理由でウサギがどんどん増えて、700羽になっているのです。

放った人は、ここまで増えて人気が出るなんて思っていなかったでしょう。

ゴールデンウイーク中には、島に渡る船は積み残しが出るほどの人気となっていました。

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